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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)325号 判決 1998年5月28日

アメリカ合衆国

イリノイ州60196、シャンバーグ、イースト・アルゴンクイン・ロード、1303番

原告

モトローラ・インコーポレーテッド

代表者

特許・商標・ライセンス担当上席副社長ジェームス・ダブリュー・ギルマン

訴訟代理人弁理士

大貫進介

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

田辺寿二

谷川洋

吉村宅衛

廣田米男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成5年審判第2825号事件について平成8年6月14日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2の項と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年11月1日(優先権主張・1984年12月21日)、名称を「内部レジスタモデル化した直列バス化無線システム」(後に「無線装置」と補正。)とする発明につき国際出願をし、昭和61年8月21日、日本国特許庁へ指定国係属手続(昭和60年特許願第504886号)をしたところ、平成4年10月6日拒絶査定を受けたので、平成5年2月15日審判を請求し、平成5年審判第2825号事件として審理された結果、平成8年6月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年9月2日、その謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が附加された。

2  本願特許請求の範囲第4項に記載された発明(以下「本願第2発明」という。)の要旨

受信したパラメータデータに依存した状態決定用或いは変更用の一組のアドレス指定可能なレジスタ(210)を有するコアプロセッサ(400)を各々含む少なくとも2個の相互に依存したコアプロセッサ(120、140、200)と、

当該コアプロセッサ(120、140、200)の中の一組のアドレス指定可能なレジスタ(210)において受信したパラメータデータに応答して、前記コアプロセッサ(120、140、200)の動作を制御するローカルプロセッサ(110)と、

前記コアプロセッサ(120、140、200)の各々に結合された直列バス(230)と、及び、

前記直列バス(230)に結合され、前記直列バス(230)を介して前記一組のアドレス指定可能なレジスタ(210)ヘパラメータデータを送信するか或いは前記一組のアドレス指定可能なレジスタ(210)からパラメータデータを受信して、前記コアプロセッサ(120、140、200)の全体的な制御を行う制御プロセッサ(150)とから構成された無線装置(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第2発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、当審における拒絶の理由で引用した昭和59年特許出願公開第501850号公報(以下「引用例」という、別紙図面2参照。)には、データ通信システムの中心局から遠隔局まで複数の無線周波数信号で動作する送信機の1つをダイナミックに選択する方法及び装置に関し、ホストコンピュータ102は異なる地区に配置された携帯無線機130、132、134にデータ(メッセージ信号)を送りまた同無線機からデータ(メッセージ信号)を収集するため、コンピュータ102は多数の汎用通信制御装置(GCC)104に接続されること、GCC104はメッセージ信号を選択されたチャネル通信モジュールCCM1・106、CCM2・108、CCM3・110、CCM4・112に送り、選択されたCCMに接続された送信機T1・114、T2・120、T3・124は配置されている地区をカバーする特定の携帯無線機にメッセージ信号を送ること、第4図及びその関連説明には、チャネル通信モジュールCCMの構成に関し、各CCMはRS232インタフェース404を介しマイクロコンピュータ402に接続され、CCMが内蔵するストアードプログラムを備えたメモリを有するマイクロコンピュータ402はGCCから受信されたメッセージ信号を対応する受信機に対し、周波数偏移変調、デジタル位相変調又は他の符号化構成で符号化して送信し、一方、携帯無線機が送信したメッセージ信号はCCMに接続された受信機R11・116~R1N・118、R2・122、R3・126で受信してマイクロコンピュータ402に入力すると共に、受信機の信号強度検出器で検出した受信強度信号SSIも同コンピュータ402に入力し、コンピュータ402はインタフェース404を経て受信メッセージ信号に付加して平均化SSI信号もGCC104に送ること、また第5図及びその関連説明には、汎用通信制御装置GCCの構成に関し、GCCはストアードプログラムを備えたメモリを有するマイクロコンピュータ500を内蔵し、同コンピュータ500はRS232インタフェース502を介しホストコンピュータ102に接続され、携帯無線機からのメッセージ信号はCCMの受信機とマイクロコンピュータ402、インタフェース404、504(505、506)及ぴGCCのマイクロコンピュータ500、インタフェース502を介し、ホストコンピュータ102に送られ、上述した受信強度信号SSIもCCMのマイクロコンピュータ402を介しGCCのマイクロコンピュータ500で受信すること、同コンピュータ500は携帯無線機からのSSI信号による最大信号強度の地区を記憶し、GCCは、携帯無線機が配置されている可能性の高い地区のメッセージ信号を送信する送信機を選択し、またマイクロコンピュータ500はその地区との通信を妨害する他の送信機の使用を禁止することなどが記載されている。

(3)  対比

本願発明と引用例記載の発明とを対比するに、引用例のチャネル通信モジュールCCMは少なくとも2個存在し、例えばCCM1とCCM2に関し、汎用通信制御装置GCCは「その地区との通信を妨害する他の送信機の使用を禁止する」(9頁右上欄21行と22行)機能を有しており、GCCの動作制御により例えばCCM1に接続された送信機はoffにされCCM2に接続された送信機はONにされるから、CCM1とCCM2とは相互に依存した関係といえるので、引用例記載の発明のCCMは本願発明のコアプロセッサ(以下「第1のコアプロセッサ」という。)に対応している。また、引用例記載の発明のホストコンピュータ102からのメッセージ信号(本願発明のパラメータデータに対応)を、汎用通信制御装置GCCにおいて受信するが、CCMにおいても同メッセージ信号を受信し、結果的に、GCCはメッセージ信号に応答してCCMの動作は制御して選択されたCCMの送信機を動作させるから、GCCは本願発明のローカルプロセッサに対応している。さらに、引用例記載の発明のホストコンピュータは、CCMに対してメッセージデータを送信しまたCCMからメッセージデータを受信してCCMの全体的な制御を行っているから、本願発明の制御プロセッサに対応している。よって、両者は、少なくとも2個の相互に依存した第1のコアプロセッサと、第1のコアプロセッサにおいて受信したパラメータデータに応答して第1のコアプロセッサの動作を制御するローカルプロセッサと、第1のコアプロセッサの各々に結合された接続線と、該接続線に結合され、該接続線を介してパラメータデータを送信し或いは第1のコアプロセッサからパラメータデータを受信し、第1のコアプロセッサの全体的な制御を行う制御プロセッサとから構成された無線装置である点で軌を一にするが、(1)本願発明の第1のコアプロセッサの各々は受信したパラメータデータに依存した状態決定用或いは変更用の一組のアドレス指定可能なレジスタを有するコアプロセッサ(以下「第2のコアプロセッサ」という。)を含んでおり、このレジスタは制御プロセッサからのパラメータデータを受信し或いは制御プロセッサにパラメータデータを送信するが、引用例記載の発明のものはその旨の記載が明らかでない点、及び(2)本願発明の第1のコアプロセッサの各々に接続された接続線が直列バスであるのに対し、引用例記載の発明のものはそうでない点、において相違する。

(4)  当審の判断

よって、検討するに、相違点(1)に関し、引用例記載の発明の第1のコアプロセッサ、すなわち、チャネル通信モジュールのマイクロコンピュータ402はストアードプログラムを備えたメモリを有しており、また、一般的にマイクロコンピュータは内部メモリを有していることは自明であるから、第1のコアプロセッサがアドレス指定可能な蓄積装置であるレジスタを有していることに何ら意外性はない。また、本願発明では、第1のコアプロセッサの内部において第2のコアプロセッサがレジスタを含むという構成を採っている(第2図参照)が、引用例の第9図にも、携帯無線機(コアプロセッサに対応)の内部における第2のコアプロセッサがレジスタを含む構成のものが記載されている。そして、引用例記載の発明では、制御プロセッサ、すなわち、ホストコンピュータ102からのメッセージデータを受けて、CCMに接続の送信機の送信状態の決定或いは変更の制御がなされている。これらのことを総合すれば、引用例記載の発明において、必要に応じ、第1のコアプロセッサのマイクロコンピュータの内部で第2のコアプロセッサがアドレス指定可能なレジスタを有し、該レジスタは制御プロセッサからのメッセージデータを受信して状態決定或いは変更の機能を有するようにする程度のことは格別のこととはいえない。しかも、引用例記載の発明の第1のコアプロセッサは携帯無線機からのメッセージデータを受けて制御プロセッサに送信しているから、上述したレジスタが制御プロセッサにメッセージデータを送信するような機能を持たせることも格別困難なことということはできない。

相違点(2)に関し、引用例記載の発明は第1のコアプロセッサの各々と制御プロセッサとを専用電話回線で接続している。しかしながら、複数の装置間を接続するとき信号母線、すなわち、バスで接続することは周知な事項であり、引用例記載の発明において、各機器間を電話回線にかえ、直列バスで接続することは当業者なら設計段階で容易に想到実施できる事項に相当する。

ここで、原告は、平成7年12月25日付意見書において、引用例はいくつかの地理的に隔離した地点において受信信号を計測するシステムを開示したものである旨主張している(21頁28行及び29行)が、引用例記載の発明は、上述したように無線装置にかかるものであり、その制御プロセッサ、ローカルプロセッサ、第1のコアプロセッサを互いに距離的に近接した配置にするか或いは隔離するかは装置の設計上のことにすぎず、バス方式を用いて近接配置することは当業者の設計の範囲内のことと認められ、原告の主張に格別の点を見出せない。

(5)  むすび

以上のとおりであるので、本願第2発明は、引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

よって、本願の特許請求の範囲第1項記載の発明について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認め、(3)ないし(5)は争う。

審決は、本願第2発明の技術内容を誤認して単一の移動機と複数の固定局という相違点を看過し、引用例記載の発明の技術内容を誤認して「相互に依存した」「第1のコアプロセッサ」の点で一致点の認定を誤り、引用例記載の発明の技術内容を誤認し、組合せの困難を誤認して相違点(1)の判断を誤り、本願第2発明の技術内容を誤認して相違点(2)の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(単一の移動機と複数の固定局という相違点の看過)

ア 引用例記載の発明は、移動無線機に対して送信をする中央の無線通信システム(いわゆる中央局又は固定局)に関するものであり、さらに、そのシステムを構成するための中心局と大きな地理的領域にわたって配置される複数の遠隔局とに関するもの、すなわち、複数の固定局を接続した通信システムである。

この「システム」という技術用語は、当該技術分野において単一の無線装置を意味するものではなく、複数の無線局(固定局等)を含むより大きな構成を指すものである。

イ これに対して、本願第2発明は、例えば携帯電話を含む双方向移動無線機(いわゆる端末または移動局)等の単一の無線装置(単一の移動機)に関するものである。

本願第2発明の特許請求の範囲には「単一の」という記載はないけれども、本願第2発明は、特許請求の範囲に記載されているとおり、無線「装置」に関するものであり、技術用語としての「無線装置」は一般に無線機(引用例第1図でいえば、移動無線134に相当する。)という意味であって、大きな無線システムを意味するものではない。

また、本願第2発明の無線装置内のコアプロセッサ(120、140、200)は、特許請求の範囲に記載されているとおり、直列バスにより各々結合されている。当該技術分野において「バス」とは複数の素子に共通に接続された単一の共通路を意味するところ、地理的領域にわたって配置された遠隔局同士を共通のバスで接続することは一般に行わない。

以上のことから、本願第2発明が、単一の無線機を意味することが明らかである。

ウ 単一の移動機と複数の固定局とは無線通信上全く異なる技術概念であるから、本願第2発明と引用例記載の発明とは異なるものである。審決には上記相違点を看過した違法がある。

(2)  取消事由2(「相互に依存した」「第1のコアプロセッサ」の一致点の誤認)

ア 審決は、引用例記載の発明について「CCM1とCCM2とは相互に依存した関係といえる」と認定した。

引用例記載の発明において、GCCの動作制御により例えばCCM1に接続された送信機はoffにされCCM2に接続された送信機はONにされて、その地区との通信を妨害する他の送信機の使用が禁止されることは認める。しかしながら、引用例記載の発明のCCM同士は直接的に接続されておらず、GCCを介して間接的な依存関係にあるだけである。これに対して、本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)は、各々が共通のバスに接続されており、直接的な依存関係が可能であるから、両者は異なる。

イ 審決は、引用例記載の発明のCCMが本願第2発明の第1のコアプロセッサに対応していると認定した。

しかし、引用例記載の発明においては、CCMがGCCからメッセージ信号を受信して送信装置114へと伝達している。これに対して、本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)は、パラメータデータを受信してレジスタ(210)内に記憶する。この構成は、引用例記載の発明のCCMには開示されていない。そして、本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)は、レジスタにおいて受信したパラメータデータに応答して制御される。本願第2発明のパラメータデータは無線機の内部の状態を決定するためのデータであり、引用例記載の発明のメッセージ信号は移動電話で話される音声信号である。したがって、記憶されるパラメータデータと伝送されるメッセージ信号とを同一視することは誤りである。

したがって、引用例記載の発明のCCMと本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)とは異なるものである。

(3)  取消事由3(相違点(1)の判断誤り)

審決は、「一般的にマイクロコンピュータは内部メモリを有していることは自明であるから、第1のコアプロセッサがアドレス指定可能な蓄積装置であるレジスタを有していることに何ら意外性はない。」と判断した。

一般的にマイクロコンピュータは内部メモリを有しているということは認める。しかし、引用例記載の発明のCCMは単にメッセージ信号を伝達するものであり、特に内部レジスタ内のパラメータデータに応答して制御されることは開示されていない。また、引用例記載の発明とレジスタとを組合せる契機は引用例記載の発明には開示されていない。

したがって、審決は、相違点(1)の判断を誤ったものである。

(4)  取消事由4(相違点(2)の判断誤り)

審決は、引用例記載の発明において、各機器間を電話回線にかえ、直列バスで接続することが当業者が設計段階で容易に想到実施できた事項と判断した。

しかし、本願第2発明は、単一の無線装置内にあるコアプロセッサ間を内部の直列バスにより接続している。本願第2発明の特許請求の範囲に「内部の直列バス」という記載はないけれども、前記(1)で述べたとおり、当該技術分野において「バス」とは複数の素子に共通に接続された単一の共通路を意味し、地理的領域にわたって配置された遠隔局同士を共通のバスで接続することは一般に行わない。

これに対して、引用例記載の発明では、遠隔地にあるCCMとGCCとを電話回線により接続したものである。そして、専用電話回線による隔地局間の接続と、内部の直列バスによる接続とは技術上異なるから、審決は相違点(2)の判断を誤ったものである。

被告は、想到容易とした根拠として、本願第2発明の直列バスが2線リンクであることをあげる。本願第2発明の直列バスが、一実施例において2線リンクであることは認めるけれども、それを根拠として、信号伝送において、専用電話回線と機能上格別差異がないから本願第2発明が容易に想到できるというのは誤りである。もし、そうだとすると、世の中のほとんどの単純な信号路は2線式であり、2線式信号路を採用したどんな発明も特許されなくなってしまうものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 引用例記載の発明が複数の固定局に関するものであることは認める。

イ 原告は、本願第2発明は単一の無線装置(単一の移動機)に関するものであると主張する。しかし、本願第2発明は、無線装置に関するものであり、原告主張のように、単一の無線装置(単一の移動機)に限られないことは、本願明細書の特許請求の範囲の記載から明らかである。そして、引用例記載の発明も無線装置といえるものであるから、両者共に「無線装置」である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。

なお、本願明細書の〔発明が解決しようとする課題〕の欄には、「単一の移動無線において」との記載があり、また、本願第2発明の一実施例として明細書に開示されたものは単一の移動機であるけれども、本願第2発明の技術的意義は特許請求の範囲の記載により一義的に明確であるから、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌して、本願第2発明を単一の無線装置(単一の移動機)と解釈する余地はない。

また、原告は、本願第2発明は「無線装置」であるのに対し、引用例記載の発明は「無線システム」であり、「システム」という技術用語は、「装置」より大きな構成を指すと主張するが、より大きい構成か否かは相対的にいえることであって、「装置」という用語自体で大きさが決まるものではない。したがって、原告の主張は根拠がない。

さらに、原告は、「バス」とは複数の素子に共通に接続された単一の共通路を意味し、各構成要素がバスで共通接続された本願無線装置は単一の無線機を意味すると主張する。しかし、本願第2発明の特許請求の範囲には、「バス」に関し、「前記コアプロセッサ(120、140、200)の各々に結合された直列バス(230)」、「前記直列バス(230)に結合され、(中略)前記コアプロセッサ(120、140、200)の全体的な制御を行う制御プロセッサ(150)」との記載があるだけで、「単一の共通路」、「共通接続」という記載はなく、しかも、本願第2発明の「直列バス」として用いられる2線リンクは長さが短いものに限定される根拠はないから、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、失当である。

(2)  取消事由2について

ア 原告は、引用例記載の発明について、CCM1とCCM2とは相互に依存した関係といえるとした審決の認定が誤りであると主張する。しかし、引用例記載の発明においては、GCCの動作制御により例えばCCM1に接続された送信機はoffにされCCM2に接続された送信機はONにされて、その地区との通信を妨害する他の送信機の使用が禁止される。そうすると、CCM1とCCM2のON、OFFは、それぞれ独立に制御されるのではなく、互いに排他的関係で制御され、その関係は、相互に依存した関係であるから、審決の認定に誤りはない。

イ また、原告は、引用例記載の発明のメッセージ信号は移動電話で話される音声信号であるから、本願第2発明のパラメータデータとは異なり、したがって、引用例記載の発明のCCMと本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)とは異なると主張する。

しかし、引用例記載の発明のメッセージ信号は、「命令、ステータス(状態)又はデータを含む2進プリアンブル(preamble)、所定の同期語及び情報語を包含する符号化データパケットを具え」(5頁右下欄17行から20行)、「GCC104が送信機114、120又は124を動的に選択することを可能にする。」(6頁左上欄12行から13行)ものであるから、送信機114、120又は124を動的に制御するパラメータデータも含まれており、その制御はCCMによってなされる。したがって、本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)と引用例記載の発明のCCMとは異なるものではない。

(3)  取消事由3について

原告は、引用例記載の発明のCCMは単にメッセージ信号を伝達するものであり、特に内部レジスタ内のパラメータデータに応答して制御されることは開示されていないと主張する。

しかし、上記(2)で主張したとおり、引用例記載の発明のメッセージ信号には、送信機114、120又は124を動的に制御するパラメータデータも含まれており、その制御はCCMによってなされるから、マイクロコンピュータが一般的に内部メモリを有することを考慮して、引用例記載の発明のCCMがレジスタを有していることに何ら意外性はなく、そのレジスタによりメッセージデータを受信して状態決定或いは変更の機能を有するようにすることは格別なこととはいえないとした審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

原告は、本願第2発明は、単一の無線装置内にあるコアプロセッサ間を内部の直列バスにより接続したものであると主張する。しかし、本願明細書の特許請求の範囲には、「内部の直列バス」とは記載されておらず、また、直列バスを「内部の直列バス」と限定的に解釈する根拠はないから、原告の主張は、本願第2発明の構成に基づかないものである。

本願第2発明の「直列バス」は、2線リンク(信号及び接地)からなるものである(本願明細書27頁)が、そのような「直列バス」は、信号伝送において、専用電話回線と機能上格別の差異がない。そして、複数の装置間を接続するとき信号母線即ちバスで接続することは周知な事項であるから、専用電話回線にかえ直列バスとすることは当業者なら設計段階で容易に想到実施できた事項であるとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(平成7年12月25日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願第2発明を含む本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  目的・課題

本願発明は無線機の構造設計に関し、更に具体的にいうと、双方向移動無線機の構造設計に関する。(1頁4行ないし5行)

本願発明の目的は、論理的な人間工学的制御及びオペレータ確認フィードバックを備えた信頼性の高い、内部的にアドレス指定可能なレジスタを有し、内部的に直列バス接続を行う移動無線機アーキテクチャーを与える無線装置を提供することである。

本願発明のもう1つの目的は、柔軟性の高い無線機構造を与える無線装置を提供することである。

本願発明のもう1つの目的は、様々な無線機サブシステム間にコマンド及び制御処理を分散して、それらのサブシステムに対してより高度の柔軟性と自律性とを与える無線装置を提供することである。

本願発明の更にもう1つの目的は、無線機周辺装置部品間に簡単な信頼性の高いケーブル接続を与える無線装置を提供することである。

本願発明の更にもう1つの目的は、各サブシステムのコマンド及び制御に必要なオペレータ入力、出力及びフィードバックを利用して各機能的サブシステムと多重化できる“スマート”制御ヘッドを使用する無線装置を提供することである。

本願発明のもう1つの目的は、制御ヘッド及び機能的サブシステムの不必要な冗長性なしに、単一の移動無線において、複数の様々な無線装置の機能構成及び性能向上手段を有する無線装置を提供することである。

本願発明の最後の目的は、論理的な人間工学システム制御及びオペレータ確認フィードバックを与える無線装置を提供することである。

本願発明の究極的目的は、論理的な人間工学的制御及びオペレータ確認フィードバックを備えた信頼性の高く、内部的にアドレス指定可能なレジスタを有し、内部的に直列バス接続を行う移動無線機アーキテクチャーを与える無線装置を提供することである。(3頁12行ないし4頁6行)

2  本願第2発明は、特許請求の範囲第4項(本願第2発明の要旨)記載の構成を有する。(5頁8行ないし下から8行)

3  かくして、論理的な人間工学的制御及びオペレータ確認フィードバックを備えた、信頼性の高く、アドレス指定可能なレジスタを有し、内部的に直列バス接続を行う移動無線装置のアーキテクチャーが提供された。

更に、非常に柔軟性が高く構成された無線装置の構造を有し、

様々な無線装置の構成装置間にコマンド及び制御処理を分配し、それらの構成装置に高度の柔軟性と自律性とを与え、

無線機周辺装置の部品間に簡単で信頼性の高いケーブル相互接続を行い、

各々の機能的な構成装置と多重化できる”スマート”制御ヘッドを用い、各構成装置のコマンド及び制御に必要なオペレータ入力、出力及びフィードバックを与え、

制御ヘッド及び機能的な構成装置の不必要な冗長性なしに、単一の移動無線装置内に様々な無線装置、機能、機構及び性能向上手段の多重性を有することができる無線装置を提供し、

論理的な人間工学システム制御及びオペレータ確認フィードバックを与え、信頼性の高いアドレス指定可能なレジスタを有し、内部的に直列バス接続された移動無線装置アーキテクチャーが提供されている。(30頁22行ないし31頁末行)

第3  審決の取消事由について

1  取消事由1について

(1)  原告は、本願第2発明は双方向移動無線機等の単一の無線装置(単一の移動機)に関するものであると主張する。

検討するに、前掲甲第2号証によれば、本願明細書の本願第2発明の特許請求の範囲には「単一の」「無線機」という記載は存せず、それに限定していないことが認められ、上記事実によれば、本願第2発明は原告主張のように限定されていないものと認められる。したがって、本願第2発明には、引用例記載の発明のように複数の固定局を接続したものも含まれると解すべきである。

もっとも、原告は、その主張の根拠として、「無線装置」は一般に無線機という意味であって、大きな無線システムを意味するものではないと主張する。しかし、「装置」の語義は、ある目的に合わせて設備・機械・仕掛けなどを備え付けること又はその設備・機械などのことを意味するものと解されるから、「無線装置」が無線機という意味であるということはできないし、また、「装置」という用語自体で大きさが決まるというものでもないから、原告の主張は理由がない。

また、原告は、「バス」とは複数の素子に共通に接続された単一の共通路を意味し、地理的領域にわたって配置された遠隔局同士を共通のバスで接続することは一般に行わないから、各構成要素がバスで共通接続された本願第2発明は単一の無線機を意味すると主張する。しかし、「バス」によって接続されるものが素子に限られるとか、遠隔局同士を接続したものは「バス」の概念から除かれると認めるに足りる証拠はないから(原告も、遠隔局同士を共通のバスで接続することは一般に行わないと主張するにすぎない。)、各構成要素がバスで共通接続されていることは、本願第2発明が単一の無線機であることの根拠とはならない。したがって、原告の上記主張も理由がない。

以上のとおり、原告主張に係る点について審決の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

(1)  原告は、引用例記載の発明について、CCM1とCCM2とは相互に依存した関係といえるとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかし、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には「メッセージ信号は、GCC104によってその対応する送信機による送信に対して選択されたCCM106、108、110及び112に発信される。」(6頁左上欄2行ないし4行)、「GCCは、第1図のCCM106、108、110及び112と通信するためのストアードプログラムを具えたメモリを有するマイクロコンピュータ500を具える。」(9頁左上欄13行ないし16行)、「マイクロコンピュータ500は、また、送信機が使用中であるトラック(track)及び送信機が特定区域との通信を妨害するトラックを保持する。かくして、選択された携帯無線機が配置されている地区においてメッセージ信号を送信する時、マイクロコンピュータ500は、その地区との通信を妨害する他の送信機の使用を禁止する。」(9頁右上欄16行ないし下から3行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、マイクロコンピュータ500を備えるGCCは、「選択された携帯無線機が配置されている地区においてメッセージ信号を送信する時」には、「その地区との通信を妨害する他の送信機の使用を禁止する」ために、「対応する送信機」が接続されるCCMを選択し、他のCCMを選択しないものと認められる。そうすると、上記選択されたCCMと他のCCMとは、排他的関係となることから、相互に依存した関係というべきである。

もっとも、原告は、引用例記載の発明のCCM同士は、GCCを介して間接的な依存関係にあるだけであるのに対し、本願第2発明のコアプロセッサは、各々が共通のバスに接続されており、直接的な依存関係が可能であるから、両者は異なる旨主張する。

しかし、前記第2の項の認定事実によれば、本願明細書の本願第2発明の特許請求の範囲のコアプロセッサ(120、140、200)の相互関係について、間接的な依存関係が除かれるものと解されないから、原告の主張は失当である。

(2)  原告は、本願第2発明のコアプロセッサ(120、140、200)は、パラメータデータを受信してレジスタ(210)内に記憶しており、この構成は、引用例記載の発明のCCMには開示されていないと主張する。しかし、審決は、本願第2発明の第1のコアプロセッサがレジスタを含んでおり、このレジスタが制御プロセッサからのパラメータデータを受信し或いは制御プロセッサにパラメータデータを送信するが、引用例記載の発明はその旨の記載が明らかでない点を相違点としてあげ、これについて判断しているのであるから、原告主張の点について審決の一致点の認定に誤りはない。

また、原告は、引用例記載の発明のメッセージ信号は移動電話で話される音声信号であるから、本願第2発明のパラメータデータとは異なる旨主張する。しかし、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「メッセージ信号は、各々が命令、ステータス(状態)又はデータを含む2進プリアンブル(preamble)、所定の同期語及び情報語を包含する符号化データパケットを具える。」(5頁右下欄17行ないし20行)、「本発明の改良方法及び装置は、メッセージ信号を選択された携帯無線機130、132又は134に送信するために、GCC104が送信機114、120又は124を動的に選択することを可能にする。」(6頁左上欄10行ないし13行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の発明のメッセージ信号には、送信機114、120又は124を動的に制御するパラメータデータも含まれているものと認められる。したがって、引用例記載の発明のメッセージ信号が移動電話で話される音声信号であることを前提とする原告の主張は理由がない。

3  取消事由3について

(1)  原告は、第1のコアプロセッサがアドレス指定可能な蓄積装置であるレジスタを有していることは何ら意外性がないとした審決の判断を争い、引用例記載の発明とレジスタとを組み合せる契機は引用例記載の発明には開示されていないと主張する。

検討するに、一般的にマイクロコンピュータが内部メモリを有していることについては当事者間に争いがなく、一般にマイクロコンピュータはレジスタを有しているのが普通であること、及びマイクロコンピュータに使用されるレジスタはアドレス指定可能な蓄積装置であることは、いずれも当裁判所に顕著である。そして、前掲甲第3号証によれば、引用例の第9図には、携帯用無線機のマイクロコンピュータ320がレジスタを有することが示されていることが認められる。

以上の事実によれば、第1のコアプロセッサがアドレス指定可能な蓄積装置であるレジスタを有していることは何ら意外性がないとした審決の判断に誤りはないというべきである。

(2)  また、原告は、引用例記載の発明のCCMは単にメッセージ信号を伝達するものであり、特に内部レジスタ内のパラメータデータに応答して制御されることは開示されていないと主張する。

しかしながら、引用例記載の発明のメッセージ信号には、送信機114、120又は124を動的に制御するパラメータデータも含まれていることは、前記2の認定のとおりであるところ、前掲甲第3号証によれば、引用例には、「多数のチャネル通信モジュール(CCM)106、108、110及び112が地理的領域にわたって配置され、それらは、各々が結合されて、多数のRF信号送信機114、120及び124・・・を制御する。」(5頁右上欄11行ないし15行)、「メッセージ信号は、GCC104によってその対応する送信機による送信に対して選択されたCCM106、108、110及び112に発信される。」(6頁左上欄2行ないし4行)との記載があることが認められ、以上の事実によれば、引用例記載の発明のCCMは、送信機114、120又は124を動的に制御するパラメータデータを含むメッセージ信号を受信し、送信機114、120又は124を制御するものと認められるから、引用例記載の発明のCCMが内部レジスタによりメッセージデータを受信して状態決定或いは変更の機能を有するようにすることは格別なこととはいえないとした審決の判断に誤りはないというべきである。

したがって、原告の主張は理由がない。

4  取消事由4について

原告は、本願第2発明は、単一の無線装置内にあるコアプロセッサ間を内部の直列バスにより接続したものであると主張し、その根拠として、本願第2発明の属する技術分野において「バス」とは複数の素子に共通に接続された単一の共通路を意味し、地理的領域にわたって配置された遠隔局同士を共通のバスで接続することは一般に行わないと主張する。しかし、「バス」によって接続されるものが素子に限られるとか、遠隔局同士を接続したものは「バス」の概念から除かれるといえないことは、前記1の認定のとおりであるから、原告の主張は失当である。

そして、弁論の全趣旨によれば、複数の装置間をバスで接続することは周知な事項であると認められるから、引用例記載の発明において専用電話回線にかえ直列バスとすることは当業者なら設計段階で容易に想到実施できた事項であるとした審決の判断に誤りはない。

5  以上のとおり、本願第2発明が、引用例記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとして、本願を拒絶すべきものとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。

第4  結論

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年5月7日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

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別紙図面2

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